またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

心も凍るロンドンの街角―『イースタン・プロミス』

Eastern Promises/David Cronenberg/2207/英・加

『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)でタッグを組んだ、デイヴィッド・クローネンバーグヴィゴ・モーテンセンが帰って来た。またしてもクライム・ストーリーの傑作を届けてくれた。
今回は曇天のロンドンの町を背景に、暗躍するロシアン・マフィアの実態をリアルに描いている。特筆すべきは、ヴィゴ・モーテンセンの成りきり演技だろう。彼は映画の衣装とタトゥーのままロンドンのパブに入り、店中をビビらせたそうだ。
気になるタイトルの『イースタン・プロミス』とは、ロシアン・マフィアが貧しいロシアや東欧の娘たちを「海外に行けばお金が稼げる」といって騙し、売春組織に売飛ばすことを指している。物語の発端も、その中のひとりの少女の悲劇から始まる。
クローネンバーグの作品を見たことが無い人に忠告。血が飛び散りまくるので、スプラッターが苦手な人は止めた方がいいかも。

ファースト・シーンから驚かされる

『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(クリックして)のファースト・シークエンスには度肝を抜かされたが、今回も同じく、ただならぬ雰囲気で始まり、やはり惨劇が始まる。
時はクリスマス、ロンドンの街角、床屋の看板。頭の弱そうな少年が店に入っていくと、客が散髪をしてもらっている。床屋のおやじは、訛りと容貌から移民と分かる。
何故か震えながら客の側に突っ立っている少年。不穏な空気が漂う。甥が店を手伝わないと愚痴り、早く仕事に取りかかれと店主に言われた少年が、突然ナイフで客の喉元を切り裂いた。
まるで『スウィニー・トッド』じゃん、と思って笑ってしまった。この少年には、後でまた同じような手口の報いが待っている。

ロシアン・マフィア「法の泥棒」のリアルな描写

町中の薬局に助けを求めて、裸足で憔悴仕切った少女が入ってくる。倒れた少女は、アンナ(ナオミ・ワッツ)が助産婦として働く病院に運び込まれる。少女は女の子を産み落とし、亡くなってしまう。
少女に同情したアンナは、遺品の日記を家族に届けたいと思う。アンナ自身もロシア系だが、ロシア語は分からない。

日記に挟まれていた名刺のロシアン・レストランを訪ねると、そこにはマフィアのボス、セミオン(アーミン・ミューラー・スタール)と、不肖の息子キリル(ヴァンサン・カッセル)、それにキリルの手下で運転手のニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)がいた。
優しそうに見えるレストランの主人セミオンに、日記のコピーを渡してしまうアンナ。
これで、マフィアの恐ろしい世界に巻込まれてしまうアンナと家族。毒牙は元KGBだと威勢を張る伯父にまず及んで行く。


ヴォール・ヴ・ザコーネ、「法の泥棒」と呼ばれるロシアン・マフィアは実在し、世界に散らばっているらしい。もちろんロンドンにも暗躍している。
映画は売春組織の実態と、組織内の抗争すなわち殺し合いを暴いている、脚本のスティーヴ・ナイト始めスタッフは、かなりこの組織をリサーチし、説得力のある話に仕立て居る。
黒を基調とした映像の演出もあって、フィルム・ノアールの雰囲気と、取材に裏打ちされたクライム・ストーリーの傑作といえる。

ヴィゴの魅力

ヴィゴ・モーテンセンが オールバックにダークスーツという格好で黙って立っているだけで、本物の悪人に見えてくる。その成りきり振りは見事という他無い。
ヴィゴは実際に通訳を伴って、何週間かモスクワやペテルブルク、ウラル地方までリサーチに出かけたという。本編でも披露しているロシア語も習い、ロシア訛りの英語もマスターした。その成果は作品に遺憾なく発揮されている。
頭の切れるニコライは、ただの運転手から、出世していく。
特に全身に彫られたタトゥーが凄い。ロシアのタトゥーにはそれぞれ意味があり、過去の服役も分かる。まるで履歴書のようだ。「法の泥棒」のメンバーの印は胸に星の入れ墨を入れる。メンバーと認められたニコライは、幹部の前で全身を曝してタトゥーを見せる。
ヴィゴの引き締まった身体と入れ墨は、キリルの身代わりにサウナで殺されそうになった時にも活躍する。チェチェン人の殺し屋ふたりを相手に素っ裸で格闘する。見せ場のひとつだ。

意外な結末

ニコライが冷血なマフィアの一員ではなかったことが、最後に明かされる。
赤ん坊は危ういところで助かり、アンナに母としての幸せがやってくる。
アンナはニコライの本性を見ぬき、心を通わせる。一瞬の出来事だが、ふたりの唯一のラブ・シーンはなかなか良い。たぶんふたりの住む世界が交差することはないだろう。