またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

成瀬映画の佳作を味わう―『めし』

その日仏学院にはフランス語の勉強に行ったのでは無く、映画を観にいきました。
映画は成瀬巳喜男監督『めし』(51年/東宝)で、主演は原節子上原謙
成瀬は私のお気に入りの監督で、傑作『浮雲』の4年前にこの佳作を撮っています。

めし [DVD]

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 成瀬巳喜男は今年生誕100周年だったので、BSの全作品放映や特集上映などで人々の目に触れる機会も多かったと思います。代表作だけですが、DVDボックスも発売されました。
私は彼の作品のすべてを観ている訳ではありませんが、戦後の作品はかなり観ています。
成瀬は、日本映画の黄金期50年代を彩る監督のひとりです。小津安二郎黒澤明溝口健二木下恵介川島雄三などそうそうたる顔ぶれです。本当にこの時代は名作ぞろいです。

さて、肝心の本編に入ります。冒頭、大阪の長家が連なる路地からお話は始まります。屋根には可愛い子猫の姿。原節子がこの猫の名を呼んでいます。長家の一階では、上原謙がちゃぶ台で新聞を読んでいます。いつもの朝の風景です。主人を差し置いて、猫の飯(おかか飯)を先にする妻に少し苛立つ夫。御飯を食べながら新聞から目を離さない夫に文句を言う妻。
周囲の反対を押し切って東京から大阪に移り住んだ二人ですが、当初の情熱は冷め倦怠期を迎え、三度の飯を作り続けるだけの毎日に不満を募らせる妻の視点で物語りは進んでいきます。
そんな中、縁談話に嫌気がさして東京から姪がやって来ます。この奔放で今時の娘が二人の生活に波風を立てていくのですが...。

わがままな姪を島崎雪子。お向かいの親子を浦辺粂子大泉滉(ふたりはお笑い担当)。頼りになる実家の母に杉村春子。妹夫婦は杉葉子小林桂樹(彼のひょうひょうとした演技がいい)。
暖簾に腕押しの夫(上原謙は煮え切らない夫を好演)にしびれを切らせて、姪を送ることを口実に妻は帰京します。何とか自立したいと願うものの、現実のきびしさを思い知らされ結局元の鞘に収まるのです。

この数年後、成瀬は同じ原節子上原謙主演で川端康成の『山の音』を撮ります。こちらでは確か夫婦が別れる結末だったと思います。
また、原節子佐野周二主演で撮った『驟雨』は、『めし』とよく似た内容でこちらも子供のいない倦怠期の夫婦の日常を描いています。新婚の姪香川京子の愚痴や、隣家の亭主の小林桂樹がおかしくて喜劇と言ってもいい程です。『めし』の方もくすくす笑ってしまう場面も多く成瀬の笑いのセンスにも注目して下さい。
冒頭に出て来た猫は単なる小道具では無く、子供のいない妻の心の慰みになっています。東京に出て来たものの、夫も然ることながら、ふと目に入った東京の猫に、残して来た猫を重ねてしまいます。
『驟雨』では猫の代わりに犬を原節子は可愛がっています。こういう所に成瀬の心細やかな演出が感じられます。

成瀬の代表作『浮雲』は必見の映画ですが、『めし』のような肩の凝らない作品も見てほしいです。
なお、もし『浮雲』を見る機会があったら、体調万全で臨んで下さい。見た後、どっど疲れます。
小津が「俺には撮れない」と言わせた作品ですから。