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またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

まだ生きている―キェシロフスキ・プリズム『スティル・アライヴ』

STILL ALIVE/2005/ポーランド/マリア・ズマシュ=コチャノヴィチ監督


先週末、偶然乗り合わせた山手線はチョコレート電車だった。車内の広告もMeijiのチョコレート一色で、思わず甘〜い香りが漂ってきそうな気配だった。


肌寒い雨の中、簡単にラーメン屋で腹ごしらえをして、裏手の映画館ユーロスペースでレイト・ショーを観た。96年に亡くなった、ポーランドの映画作家クシシュトフ・キェシロフスキを語る映画だった。彼の教え子のマリア・ズマシュ=コチャノヴィチが、おもに周辺の人々の証言をもとに構成している。


キェシロフスキを知っている人は、まず間違いなく映画好きだろう。
ポーランドは優秀な映画監督を多く輩出している。『水の中のナイフ』のロマン・ポランスキーや、『灰とダイヤモンド』のアンジェイ・ワイダ、『尼僧ヨアンナ』のカヴァレロヴィッチや、マニアックなところではデジタル技術を駆使したビデオ作家のリプチンスキーなど個性的な作風で知られる監督が多い。
なぜ東側のポーランドで優れた映画作家が多く生まれたのか?それはウッチ国立映画大学という映画制作を学ぶ教育機関があったからだ。ちょうど中国の北京電影学院から第五世代と呼ばれるチェン・カイコーチャン・イーモウなどの才能が開花した現象と似ている。


キェシロフスキの映画を最初に日本に紹介したのは、シネカノン李鳳宇氏だ。1989年に『アマチュア』を輸入配給した。今はプロデューサーとして大活躍だが、作品を見極める目は流石だ。
しかし私がキェシロフスキに出会うのは、3年後の1992年渋谷のル・シネマで公開された『ふたりのベロニカ』だった。美しい映像と音の織りなす世界にすっかり魅了され、キェシロフスキという名が、どう発音するのか分からないまま、私の脳裏に刻まれた。カンヌで主演女優賞を獲ったイレーヌ・ジャコブのみずみずしい演技も良かった。また、彼の多くの映画に音楽を付けているズビグニェフ・プレイスネルの才能に出会ったのもこの作品だ。


キェシロフスキはこの後、休むことなく立続けにトリコロール3部作を制作している。『トリコロール/赤の愛』が93年。翌年には『白の愛』『青の愛』を撮っている。
映画を観ると、この頃彼はひどく消耗していたようだ。もともと心臓が悪かったらしいが、もう映画は撮らないと宣言して引退してしまった。当時驚くと同時に残念に思ったことを憶えている。そのわずか2年後、96年に心臓病で亡くなった。54歳だった。


友人たちの話からも、ポーランドの体制の中で、彼が悪戦苦闘しながら映画を創っていたことが伺い知れる。西側で映画を撮ることを選ばずに、あくまで国内で撮ることに執着した。
その集大成と云えるのが聖書の十戒を下敷きにした『デカローグ』だ。なんの変哲もないある団地を舞台に10の話が展開する。これが大傑作だった。1話から10話へと映画館にせっせと通った。その度に打ちのめされた。キェシロフスキの映画に常に漂う死の気配が濃厚で、観ている私達は人生の意味を考えてしまう。
  
  『デカローグ』は私達の悲しみから生まれた
  登場人物たちの皮膚の数枚を剥ぎ取るような映画だ
  
                       キェシロフスキの言葉より


ところでタイトルの『スティル・アライブ STILL ALIVE』とは、キェシロフスキの口癖で「元気?」と訊かれると、こう応えていたところから採ったそうだ。文字どうりの意味は「まだ生きている」だが、まあ「元気だよ」といったところだろう。
キェシロフスキが居なくなって10年だが、多くの友人やファンの心の中で「まだ生きている」ことだろうし、彼の作品もまた「まだ生きている」のだ。

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