またたびCINEMA〜みたび〜

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ヤクザと俳優、ふたりの人生が交錯する―『映画は映画だ』

映画は映画だ/Rugh Cut/Jung Hun監督/2008/韓国

水曜日の昼下がり女3人で歌舞伎町を歩いていると、前を行く黒塗りのセンチュリーが静かに止まった。前の座席から男が出て来て、後部座席のドアを開けた。場所が場所だけに予感はあったのだが、果たして登場したのはスーツ姿の親分らしき人。幹部らしく落ち着き払った態度だ。
ヤクザ映画を見に行って本物に遭遇するとは!雰囲気作りとしては最高だ。


さて映画である。韓国の大スター、カン・ジファンとソ・ジソブガチンコ対決が話題だ。
監督はふたりを対照的に色分けした。カン・ジファンが「動」だとすれば、ソ・ジソブは「静」。カン・ジファンは「白」ソ・ジソブは「黒」といったイメージだ。
映画全編にこのふたりの魅力が詰っている。私は特にふたりのファンという訳ではなかったが、やんちゃなカン・ジファンとクールなジソブに魅了されてしまった。

「喧嘩映画」というジャンルがあるかどうか知らないが、映画は初めから終わりまで喧嘩の連続だ。
「映画俳優になりたかったヤクザ」ガンペ(ソ・ジソブ)と「ヤクザよりも暴力的な俳優」スタ(カン・ジファン)が、ひょんなことから映画共演することに。ふたりは演技ではなく、本気で喧嘩のシーンを撮り始める。


何はともあれ、主役の二人がカッコイイ!
ソ・ジソブとカン・ジファン、共に180cm超える長身の二人が相対する構図は実に絵になる。時代劇の殺陣に通じる格好良さもあり、最後の泥にまみれて必死に闘うシーンでは、どっちがどっちか分からなくなる、文字どおり泥臭い決闘が繰り広げられる。
特にジソブは、内に秘めた狂気を感じさせる迫真の演技だ。
ガンペは筋金入りのヤクザだが、冷血そのものという訳でなく、撮影の合間に手下と戯れる様子に彼の優しさが垣間みれる。
収監中の会長に面会に行って、囲碁をするシーンがいい。ガラスに透明の碁盤シートを貼って、毎回少しづつ対戦する。ガンペと会長の間柄が忍ばれる。このシーンはこの映画の原案を提供したキム・ギドクのアイデアらしい。


チャン・フン監督はこれが処女作だが、ずっとキム・ギドク監督の助監督をやっていた。
この映画の制作もしているキム・ギドクは、衝撃的な異彩を放つ作品を撮る映画監督だ。
チャン・フン監督は、キム・ギドクの脚本を一年かけて練り直したそうだ。
実は、この作品にはコメディと言っていい程笑いどころがある。特に監督役のコ・チャアンソクは小太りの3枚目で、背の高いふたりの間をちょこまか動き、観客の笑いを誘う。第一合図の掛け声「アクション」の語尾が変に上ずっている。達者な役者だ。
この作品の要は、ヤクザと俳優、表と裏の世界が交錯するという、キム・ギドクのアイデアである。しかし、チャン・フン監督はそれにエンターテイメント性を加味した。緊張と緩和のバランスがうまい。キム・ギドクが監督していたら、こんなに笑えなかっただろう。ただし、根底には毒がある。ラスト・シーンのガンペの顔は忘れられない。心が凍りついた。キム・ギドクが顔を出した瞬間だ。