またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

灯台の灯りが子供たちを照らす時―『永遠のこどもたち』

El Orfanto/J.A.バヨナ監督/2007/スペイン=メキシコ

いやあ、心の芯まで震え上がった。座席から飛び上がるほど恐かったが、最高に面白かった。ホラーといっても、ゾンビがでてきたり、血がほとばしるスプラッターではない。クラシカルなゴシック・ホラーだが、根底にあるテーマは親子愛だ。恐くて悲しい物語である。
監督は、スペインの新星J.A.バヨナ。同じくダーク・ファンタジーの傑作『パンズ・ラビリンス』のギレルモ・デル・トロ監督が彼の才能に惚れ込んで制作したそうだ。
(未見の人は先に行かないで!)

恐怖の舞台は、人気のない海辺に建つ大きな館である。
そもそも「大邸宅は恐い」と相場は決まっている。あまり恐くはないが、ディズニー・ランドにも「ホーンテッド・マンション」というアトラクションがある。
映画の名作を紐解いても。古くは『ジェーン・エアー』、『レベッカ』等が思い浮かぶ。新参者の主人公は、夜、古い屋敷に潜む何かの気配に怯える。隠し部屋や裏階段なんかあったら、もういけない。少女時代に見た『ジェーン・エアー』は恐かった。私の記憶では、両作品とも屋敷が炎に包まれて忌わしい歴史に幕が降りる、という展開だったと思う。
キューブリックの『シャイニング』も恐かった。こちらは雪に閉ざされた大きなホテルだが。ホテルに棲みついた子供たちの霊なんかは、この作品とそっくりだ。



冒頭、カメラは雲が浮かんだ空を写し出す。小鳥のさえずりが聞こえる中、ゆっくり下がって行くと、大きな木の向こうに大きな館が現れる。庭にはスペイン版だるまさんころんだで遊んでいる数人の子供達。みんな同じ水色のスモッグを着ている。中には足や目が不自由な子が混じっているが、みんな屈託なく遊んでいる。やがてここが孤児院であり、ひとりの女の子が近く養子に出されることが分かってくる。このだるまさんころんだは、後半もう一度出てくるが、この遊びが主人公と昔の子供たちとを結び付ける役割を果たす。と同時に観客に胸騒ぎを起こさせる。
このファースト・シーンだけで、私は監督の才能を確信した。

音楽が不安な調子に変わったと思うと、タイトルが始まる。タイトル・バックは古風な壁紙。子供の腕が次々にょっきと出て来て壁紙を剥いで行くと、タイトルの文字が出てくる。あの孤児院の制服を身につけた小さな手が、バリバリッと剥いで行く様は、不安を駆り立てる音楽と相俟って、ショッキングだ。


この孤児院で育ったラウラは、思い出の古い館を買い取って、障害のある子供たちの施設にしたいと、医者の夫と7歳の息子シモンの家族で移り住んだ。シモンは実は養子で、HIVに感染していた。

この屋敷に越してまもなく、シモンにおかしな言動が現れる。他の人には見えない、友達がいるというのだ。

シモンとラウラは、気晴らしに近くの浜辺の洞窟に遊びに行く。ここの風景が恐いくらい美しい。洞窟の奥で誰かに話しかけるシモン。実はこの洞窟は、昔悲しい事件が起きた場所だった。ラウラが養女になって孤児院を去った後のことだ。

「僕は大人になれない」と言い出すシモン。シモンがこの屋敷に棲み着いた子供たちの霊と交流できるのは、実はシモンには死が近しい関係だからだ。
やがて、施設開所のためのパーティで、シモンが忽然と姿を消す。孤児院のスモッグにマスクを着けた子供に、突き飛ばされ、バスルームに監禁されたラウラは、必死にシモンを捜す。パーティには多くの子供がいるがシモンは見つからない。満ち潮で渡れなくなった洞窟の入口にシモンらしき子供を見て、泣き叫ぶラウラと彼女を止める夫カルロス。
シモンは、永遠に大人になれない「ネバーランド」へ旅たったのだろうか?


物語は先へ進むへつれて、次々と不思議なことが起きる。謎が深まって行く。怪しい老女の訪問者。大きな物音。移動する小物。

シモンを諦め切れないラウラは、霊媒師の力を借りて屋敷を探る。ジェラルディン・チャップリン演じる霊媒アウロラが見たのは、毒で苦しむ数人の子供たちだった。そこでは、今は灯らない灯台のライトが部屋を照らしていた。


「見えないものを信じなさい」というアウロラの助言を胸に、ラウラは夫が去った屋敷で、子供時代に戻り、見えない子供達を呼び戻そうとする。昔の服を着て、昔の部屋を再現させる。そして昔の友達を遊びに誘う。そう、あのだるまさんころんだで。

シモンに会いたい一心で、ついにラウラはシモンを見付ける。しかしシモンと一緒にいたいなら、ラウラは代償を払わなくてはいけなかった。
ラウラの心は決まっていた。シモンを腕に抱き、子供たちに囲まれたラウラに、暖かい灯台の光が注ぐのだった。