またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

人生はパイのように楽じゃない―『ウェイトレス〜おいしい人生の作り方』

Waitress/2007/アメリカ

TIME誌で今年の映画9位にランクされた『ウェイトレス』は、一見甘そうに見えて、実はスパイスの効いたコメディだ。
主人公の友人ドーンも演じている、監督・脚本のエイドリアン・シェリーには久しぶりに出会った。というのは、十何年前にハル・ハートリー監督の『トラスト・ミー』の主演女優で注目していたからだ。しかも日比谷の、この映画館で観たと思う。小柄でキュートな彼女が、こんなガッツのある映画を作るなんて、うれしい再会だ。しかし、エイドリアン・シェリーが次回作を創ることはない。公開直前にトラブルに巻込まれて殺されたのだ。傑作を生み出してこれからという時なのに、残念この上ない。そういえば、傑作『ブロウ』を公開した翌年に亡くなった、テッド・デミという若手監督もいたっけ。これから創ったであろう作品の数々を思う時、かえすがえすも無念である。

『ウェイトレス』には、良いコメディの欠かせない要素である意外なプロットセリフ(サイレントはこの限りでない)、変なキャラクタースクリューボール)と全て揃っている。(まだあったら許して!)パイ作りは上手なのに、生きるのは下手なウェイトレスのジェナ。女性だったら思わずうんうんと共感してしまい、たぶん男だって応援してしまう、楽しいコメディだ。


南アメリカの小さな田舎町のダイナーで働く3人のウェイトレスは、それぞれ思う様にならない人生を送っている。パイ作りの天才ジェナ(ケリー・ラッセル)は、いつか自分のパイの店を持ちたいと夢見ながらも、子供じみた我まま亭主に束縛され、悲惨な毎日を送っている。オッパイの高さが違うことに悩んでいるベッキー(シェリル・ハインズ)は、寝たきりの夫の介護をしている。黒ブチのさえない眼鏡をかけ、いつも顔が青白いドーン(エイドリアン・シェリー)は、独身だが出会いがない。
そんなジェナに恐れていたことが起る。妊娠したのだ。もう夫アール(ジェレミー・シスト)から逃れることはできない。おめでたくないけど、赤ん坊は生もうと産婦人科へ行くと、いつもの先生じゃない。ドクター・ポマター、ハンサムな男の先生だ。
Dr.P「どうしましたか?」Jenna「妊娠したみたい」Dr.P「おめでとう!」Jnna「ありがとう。でも他の人みたいにうれしくないの。赤ん坊ができた、ただそれだけ。」
妊娠検査の結果が出て、
Dr.P :"Un-congratulations.you're definitely havinng a baby."
(おめでとう-じゃない。君はすごく妊娠している。)
Jenna :"Un-thank you."(ありがとう-じゃない)
嫉妬深い夫がいるのに、ジェナはこの医者と恋に落ちてしまう。
夫アールはジェナの妊娠を知ると、産むのはいいが、俺より赤ん坊を愛しちゃいけない(don't you go lovin'that baby too much)、と呆れたことを言う。隣町のパイ・コンテストに出て、開店資金の賞金が欲しいジェナだが、俺の為だけにパイを焼けと言う。よくこんな、うすっぺらな最低男を思い付いたもんだ。ジェナが不倫に走るのも無理もない。
5分間だけ!?のブラインド・デートで恋のお相手を見つけたいドーンは、オタクチックなストーカー男に惚れられてしまう。激しく拒絶していたドーンだが、いつのまにか彼の求愛に応えゴールインする。秘密のデートを重ねていたベッキーの相手は、なんといつも店で言い争っていた店主のカルだった。
ダイナーのオーナーのオールド・ジョー(アンディ・グリフィス!)は、毎日店に来て難かしい注文をする。でもジェナと彼女のパイは好きらしい。ジェナの情事も悩みもすべてお見とおしだ。ジョーは最後にびっくりするプレゼントをすることになるのだが、ジェナの悲惨な人生を応援し、助言を与える。正しい選択をし、スタートを切れと。
「法スレスレの大量の痛み止め」を要求し、無事出産したジェナ。傍らにはドクターと夫のアールがいる。いやいや赤ん坊を抱っこしたジェナに、みるみる変化が現れる。このうえない幸福感に満たされる。
「赤ん坊を愛しちゃいけないっておれが言っただろう?」という夫にジェナはきっぱりと告げる。
Janna:"I don't Love you,Earl. I haven't love you for years. I want a divorce." "I want you the hell out my life. You are never to touch me,ever again.I am done with you."
「あなたを愛してないわ、アール。もう何年も愛していなかった。離婚したいの。」
「私の人生からとっとと出ていって。もう二度と私には触らないで。あなたとはもう終わったの。」

子供をその腕に抱くことによって、なんにも恐いものがなくなり、勇気が湧いてくるという、ありきたりの最後だが、エイドリアン・シェリーはそこに持っていくまでの話がうまい。実際、シェリーは子供ができた時に、悩んだ体験をもとにこのストーリーを思い付いたそうだ。それにしてもシビアなユーモアを随所に散りばめたその才能は見事だ。コメディエンヌとしての才能もある。
TV界の伝説といわれたアンディ・グリフィスは別格としても、本当のオタクに見えるオギーを演じたエディ・ジェミソン、子供に申し訳ない程こどもじみたアールを演じたジェレミー・シストなど、多かれ少なかれ、登場人物みんなが風変わりだ。スクリューボール・コメディというジャンルがあるが、スクリューボールとは、奇人・変人という意味である。エイドリアン・シェリーは、プレストン・スタージェスの後継者となったかもしれない。過去形なのが悲しいが。
長年生きていると、人生が選択の連続であることに気づく。毎日の買物の小さい選択から、誰と結婚するかという大きい選択まで。間違った選択をしてきたジェナは、ジョーに背中を押される。「正しい選択」をしろと。