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またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

帰って来た『上海バンスキング』

あの伝説の音楽芝居『上海バンスキング』を観に行った。もう、懐かしくって胸がいっぱいになった。


渋谷のシアターコクーンは、若い時の夢の舞台をもう一度観たいという青春後期の方で、ほぼ一杯だった。私が観たのは25年も前、1983年の4回目の再演だった。あの狭い六本木の自由劇場ではなく、銀座の博品館劇場だった。一緒に観に行ったみどりちゃん、元気かな?
年表から分かったのだが、私は同じ年の2月に自由劇場の芝居を観ている。幻の作家尾崎翠原作の『第七官界彷徨』を自由劇場が芝居にかけたのだ。当時私は書店で働いていたのだが、尾崎翠の本を出した小さな出版社の方に誘われた。コケの恋愛を語る芝居を、最前列で小さくなって観た覚えがある。


新旧のパンフレットを並べてみた。左が25年前で、赤いのが今回のもの。
ダブルキャストと聞いていたが、運のいいことに、吉田日出子さん初め、主な出演者は昔とほぼ同じメンバーだった。リリーは余貴美子さんだったし、串田さんも四郎役やってなかったけどね。
往年の古いジャズが大好きだった私は、この音楽劇に夢中になった。
この「ウェルカム上海」はもちろん、LPの中の収録曲すべて歌えた。カセット、CDも持っている。

串田さん率いる自由劇場が素晴らしかったのは、戦争当時上海にいた日本のジャズメンを演じるのに、役者に生演奏を課したことだ。正直いって、冷静に音源を聴くとそんなに巧くない。でも舞台を観ている時には、臨場感いっぱいの楽しい演奏に胸が躍る。
今回うれしかったのは、中国人方役でサックス吹きの服部吉次さんがいたこと。彼は黒テントの役者さんだが、私の大好きな作曲家服部良一氏の息子さんだ。
お父さんの良一氏はこの時代のジャズ・シーンのまっただ中にいた人だし、職場のバンドでサックスも吹いていたはず。上海にも行ったことがあるんではないだろうか。
幕間で冷やかされていたが、息子さんは有名なバレエ・ダンサーで、バンクーバーオリンピックの開会式で踊ってた有吉君だ。

でも、なんといっても吉田日出子の歌が素晴らしい。彼女は当時のレコードを聴いて研究し、あの歌い方をマスターしたそうだ。特にアメリカ帰りのシンガー川畑文子をマネした。彼女のヒット曲で、劇中歌としても印象深い「あなたとならば」は、まどかの心情そのままの切ない歌だ。私はこの歌を友人の結婚式で歌ったことがある。一途にあなたを愛し続けるという歌詞だが、ちょっと哀しすぎただろうか。


この芝居は、魔都上海で、無頼な毎日を送るジャズメンたちを描いているのだが、通奏低音のように流れているのは戦争だ。笹野高史演じるバクマツがいる宿には、軍人が出入りし、バクマツは徴兵されて帰ってこない。2・26事件、日中戦争関東軍南京事件、敗戦の混乱が、まどかたちの暮らしに容赦なく侵入してくる。
ジャズの夢に踊っていた人々は皆、日本人も中国人もアメリカ人も、戦争の波に翻弄されていく。淡々と描きながらも、反戦の思いは伝わってくる。脚本の斎藤憐氏の筆力は確かだ。
若かった当時も十分感じていたと思うが、人生を重ねて来た身には、より切なさがひしひしと胸にしみ込んでくる。
最後廃人となった四郎の傍らで、じっと佇むまどかの姿が余韻を残す。あのゼンマイ仕掛けのアヒルだけが舞台を静かに横切っていく。いい幕切れだと思った。

最後、カーテン・コールを終えて役者さんたちが消えて行く。ロビーに駆けつけると、昔と同様にバンドの面々が私たち観客を出迎えてくれる。本当に感謝感激してしまう。
昔ほど達者に歌えなくなったヒデコさんだが、あなたに逢えて良かった。
改めて、素晴らしく良く出来たお芝居だと再認識した夜だった。