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またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

井の頭公園、そして『グーグーだって猫である』


当「またたびCINEMA」でも、たびたび登場してた『グーグーだって猫である』をやっと観て来た。


せっかくなので、吉祥寺のバウス・シアターで観ることにして、その前に作品の舞台である井の頭公園に寄って来た。
駅を降りた時小降りだった雨が、公園に着くころには本降りになった。
この分だと公園の猫たちは出てこないねと、同行の友人Hさんと話していた。
その時、なにやら池の薮の中を覗いているおじさんふたり組を発見。
好気心の塊の私たちも覗いてみると、「アオサギがいるよ。」とおじさん。
たしかに美しい青鷺がスクッと佇んでいる。近くの木の枝にもう一羽止まっていた。つがいだろう。
「動物園から逃げだしてきたの?」という私のバカな質問に、「野生だよ。俺は監獄から逃げだしてきたけどね。」と笑いながら立ち去って行った。おやじギャグだ。

池の真ん中の橋を渡って、向こう岸に渡る。木の下で雨宿りしている猫さんがいた。
人影もまばらな公園。売店の人が慌ただしく戸外のテーブルを片付けている。
木陰で雨宿りの虎猫は半分濡れてしまっていて、やさしいHさんが傘で雨を遮ってあげた。


猫にさよならして、公園から住宅街へ抜けると、雨が止んだ。金木犀の香りが流れて来た。


さて、映画だ。
大島弓子の原作は、愛猫サバを亡くした後にやってきた、グーグーという渦巻き猫と一人暮らしの漫画家の暮らしを描いたものだ。その後ビーという公園で拾われて来た子猫も加わって、慌ただしくも楽しい日々が綴られる。そんな中、大島さんは卵巣ガンにかかるのだが、その闘病記はユーモアを交え、さらりと描かれているが、胸にずしりとくるものがある。
マンガの方は4巻まで出ていて、その後公園から次々子猫を拾ってきて、だんだん猫が増えていく。最新号では、一軒家を買い、吉祥寺から離れてしまっている。

犬童一心監督は、猫と漫画家の日常だけじゃ映画にならないと思ったのか、主人公に淡い恋愛とアシスタントなどの周りの人達の人間模様を盛り込んだ。
それがうまくいっているのかは、映画を観て判断して欲しい。
大島弓子ファンの監督は、これまでに大島作品『赤すいか黄すいか』、『金髪の草原』を映画化している。
亡くなったサバが女の子の姿で出て来たり、死神が白い猫を抱いた外人(ギタリストのマーティンが演じている。英会話の講師役も。)だったり、井の頭公園駅のトンネルのところに突如現れる占い師の老婆(鷲尾真知子とりりい?!)とか、大島ワールドを知っている人ならニンマリするところ。
井の頭動物園の主、ゾウのはな子もでてくるが、このエピソードは原作にもある。

とにかく、猫のグーグーもサバも可愛い。井の頭公園を走り回るグーグーを見るだけでも楽しい。アニマル・トレーナーも、カメラさんも大変だったと思う。
ちなみに、チビ・グーグーは監督が引き取った。