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またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

甘酸っぱい恋物語を召し上がれ―『マイ・ブルーベリー・ナイツ』

My Blueberry Nights/王家衛監督/2007/仏・香港

How do you say goodbye to someone you can't imagine living without?
 (この人なしには生きていけないって思う恋人に、どうやってさよならを言えばいいの?)
このノラ・ジョーンズ演じるエリザベスの台詞、予告の字幕では「大切な人にどうやって別れを告げる?」と見事に短いフレーズに収められている。(ちなみに字幕は最近大活躍の松浦美奈さん。)
この問いの答えを探しにエリザベスは旅に出る。
この映画に出てくる人はみんなそれぞれ愛の喪失感を心に抱えている。すべての登場人物にこの悩みは当てはまる。みんな愛に迷った旅人だ。

蛇足だが、映画に出てくるブルーベリーといえば、スウェーデン映画の傑作『みじかくも美しく燃え』を思い出してしまう。エリート軍人とサーカス芸人の道ならぬ恋の逃避行の物語。ふたりが森のなかで自生しているブルーベリーを手づかみで貪り喰うシーンだ。大昔に見たきりだが、したたる生クリームと紫色のブルーベリーが印象的だった。
香港の映画監督ウォン・カーウァイが、アメリカを舞台に、それもノラ・ジョーンズ主演で映画を撮ったと聞いて、期待と不安が相半ばした。
ブエノスアイレス』はアルゼンチンが舞台だが、レスリー・チャントニー・レオンが主演だった。今回は俳優だけでなく、台詞も英語だ。
トニー・レオンといえば、最近結婚したばかりだが、彼はウォン・カーウァイの作品に出ている時が一番素敵だ。
しかし不安は杞憂だった。ウォン・カーウァイの撮るニュー・ヨークはまるで香港の様に見える。香港に高架を走る電車はないが、この電車が実にウォン・カーウァイ的だ。


実は今回、映画館の暗闇で驚いたのは、台詞がほとんど聞きとれたことだ。ストーリーが分からなくなるのが嫌なので字幕は見ているが、英語のセンテンスがまるわかりなのだ。ネイティブがしゃべる台詞は口語で訛りがあったりして、ふつうは聞きとれない。TOEIC800点そこそこの私にはむずかしい。
多分それは、監督がその場の即興で台詞をつけているせいだと思われる。ネイティブでない監督のおかげだろう。でも少しうれしかった。


ウォン・カーウァイ監督は音楽のセンスがよく、大好きな『欲望の翼』のころから、挿入曲には注目している。『花様年華』はCDを買った。
今回はハスキー・ヴォイスが素敵なノラ・ジョーンズに歌だけでなく、演技までさせている。おなじくジャズ界の歌姫カサンドラ・ウィルソンには、ニール・ヤングの「ハーヴェスト・ムーン」を歌わせている。舞台がメンフィスになると、オーティス・レディングときた。音楽は今回もなかなかだ。

夜眠れなくなったエリザベスは、メンフィスで昼はダイナー、夜はバーで働き尽くめだ。ここで彼女は、あるカップルの傍観者になる。
深夜のバーで正体無く酔いつぶれるアーニーは、昼のダイナーに警官姿で現れる頃には別人になっている。彼にはどうしても思い切れない妻、スー・リンがいる。
アーニー役には、ディヴィッド・ストラザーンが扮している。スーツ姿でビシッと決めていた『グッドナイト&グッド・ラック』とあまりにかけ離れた、よれよれのどうしようもない酔っ払いを演じている。
妻への思いが高じて、妻を束縛し、自由になりたいという妻の思いが理解できない。自暴自棄から自滅していく。
妻スー・リンを演じるレイチェル・ワイズは、激しい感じの役が似合う。今回もはまり役だ。愛の重荷に耐えきれず、他の男の元へ走ったものの、突然一方的に幕を降ろされてしまう。彼の亡くなった場所は、ふたりの出会いの場所でもあった。せいせいするどころか、この胸の痛みは一体何?
このふたりもまた、上手くさよならを言えなかったのだ。