またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

息もつがせぬ面白さ!―『ノー・カントリー』

No Country for Old Men/2007/アメリカ

コーエン兄弟の『ノー・カントリー』は、とにかく恐かった。こんなに初めから終わりまで緊張しっぱなしで映画を見たことはない。見終わったら、肩と背中がコチコチだった。こういう作品に遭えるから、映画は止められない。
2007年のアカデミー賞4部門(作品、監督、助演男優、脚色)を受賞し、コーエン兄弟もメジャーになったものだ。『ブラッド・シンプル』からずっと見続け、新作が映画館にかかる度に驚かされ、楽しませてくれた。今回はコーエン兄弟の最高傑作だと言われているが、そう決まった訳ではない。『ファーゴ』だってかなり褒められていた。これからの作品も楽しみだ。
アカデミー賞には首をかしげてしまう受賞作も多いが、今回はアカデミー会員も力で捩じ伏せられてしまった。文句なしの結果だ。フランス語だがジュリアン・シュナーベル監督の『潜水服は蝶の夢を見る』も、素晴らしい作品だった。無冠に終わったのが残念だ。まだ未見だが、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(邦題をなぜ付けない?)も期待している。

何が恐いって、オカッパ頭の殺し屋シガーだ。狙った獲物は決して逃がさない悪魔で、通った後には死体が累々と連なる死神でもある。コインのトスで運命を弄ぶ様子に心が凍りつく。奴の持ち歩く凶器が恐ろしい。酸素ボンベのようなもので額を打ち抜くのだが、これは後半の保安官役トミー・リー・ジョーンズのセリフに出てくる。牛を殺す道具だ。
なかなか死なない男で、感情も無く、黙々と人を殺して行く様子はまるでターミネーターのようだと友人が言っていた。
助演男優賞ハビエル・バルデムは、作品によって様がわりする俳優だ。『ハモン・ハモン』はセクシーだったし、『夜になる前に』は本当の詩人に見えた。一転、『海を飛ぶ夢』では寝たきりの中年男をリアルに演じていた。どの作品でも、同一人物とは思えなかった。実際の彼はラテン系の明るい性格で、『潜水服は〜』を見て号泣したそうだ。
コーエン兄弟の映画は、時代は違っても、いつもアメリカを描いている。今回はアメリカ西部の荒涼とした乾いた土地が、ハードで不条理な物語にはうってつけだ。
こんなハード・ボイルドな物語でもコーエン兄弟はユーモアを忘れない。不運な男モスがメキシコで行き倒れた時、お気楽なバンドの演奏で目が覚める場面。その少し前、国境で怪我を隠すために3人連れからシャツを買うのだが、そのシークエンスは後にシガーが事故で怪我した時にも繰り返される。エドの元の同僚のじいさんの部屋にやたらといる猫たち。
タイトルの『No Country for Old Men』はコーマック・マッカーシーの原作どおりで、イエーツの詩の一文から採っている。その意味は、トミー・リー・ジョーンズ演じる保安官のモノローグにヒントがある。じいさんの代から保安官をやってきたエド・トム・ベルは、最近電気椅子送りにした少年が理解できない。少女を殺したのだが、理由がない。ただ人を殺してみたかった。昔とは様変わりした人の心を推しはかねている。
ラストの取ってつけた様なエドの長いセリフは、実際原作のままだそうだ。引退した同僚エリスとの会話や妻に話す夢の話もそうだが、人生について哲学的で考えさせる部分と、即物的な暴行と殺人が両立する不思議な魅力がある。
レディ・キラーズ』に続いての猫の登場場面もチェックして!