またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

愛のためには手も汚す?『やわらかい手』

Irina Prlm/2006/イギリス、フランス他

誰にでも人より抜きん出たところがあるものだ。そのおかげで、思ってもみなかった世界に手を染めた女性のお話である。
ロンドン郊外で暮らす未亡人ペギーは、ごく普通のおばさんだった。ただ問題は、かわいい孫オリーが難病に苦しんでいることだ。孫のために家も手放し、息子夫婦と棟続きの長屋に住み、手みやげ持参で孫の見舞いに行くのが楽しみだった。
そんななか、医者がオリーの唯一の治療のためにメルボルン行きを勧める。治療費はタダだが、旅費や滞在費で大金がかかるという。途方に暮れる息子夫婦。マギーは街に出る。
銀行に断られ、職安で匙を投げられ、ある求人広告に目を止める。高給優遇に惹かれて入った店は、女性が男性にサービスする妖しいところだった。驚いて逃げ帰ったものの、背に腹はかえられず..。
マギーの仕事は、東京発のものらしいが、手で男性をいかせるもので、彼女の手は柔らかくたちまち売れっ子になる。原題の「イリーナ・パーム」はマギーの源氏名で、個室に入った彼女の姿は男たちには見えない。「イリーナ」は支配人ミキの故国の女性の名で、客は勝手に若い女性を想像し、おばさんとは思ってもみない。「パーム」は英語の手のひらという意味。邦題の『やわらかい手』というのは、実にいい得て妙だ。
自分の個室に絵を飾り、花柄のエプロンを着け、せっせと仕事に励むマギー。もっと稼ぐ様、焚き付けるミキ。お客は長蛇の列で、テニス肘ならぬペニス肘になったり、引き抜き話も持ちかけられる。この辺の描写は、リズミカルでユーモラスだ。ミキとマギーが接近していく過程も、言葉ではなく、それとなくほのめかす。
でも、仕事を仕込んでくれた、同僚で友人のルイザがマギーの人気のせいで首になる。ルイザも支配人ミキも移民という設定。こういう裏稼業には多いのだろうが、都会が抱える社会問題にもさりげなく触れる。おまけに、後をつけて来た息子に秘密が発覚し、激しく拒否され、仕事に行けなくなってしまう。
こういうキワドイ内容の映画を、アットホームなドラマに仕立てあげた脚本と演出はうまい。微妙なさじ加減が必要だ。それにも増して、この作品の出来はふたりの俳優の力も大きい。主役のイリーナ・パームことマギー役のマリアンヌ・フェイスフルと、いかがわしい店を経営するミキ役のミキ・マノイロヴィッチだ。
マリアンヌは、若い頃ミック・ジャガーの恋人として有名で、ミック&キース作の曲「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」でデビューしている。映画にも進出し、『あの胸にもう一度』では、ヌードに黒のジャンプスーツを着てバイクに跨がっていたような気がする。
それから長い間麻薬に溺れ消息を聞かなかったが、ある日彼女の歌を耳にした。以前のソプラノとは別人のしゃがれたアルトだったが、その存在感は尋常ではなかった。彼女が歌う、ブレヒト=ワイル作の退廃的な曲は必聴。
マリアンナの人生の重みがなければ、マギーの微妙な役はこなせなかったと思う。普通の元お嬢さんでは説得力がなかったり、逆にいやらしくなったのではないか。
ミキ・マノイロヴィッチは、旧ユーゴ出身で、エミール・クストリツァ監督のファンならお馴染みの顔である。年はとったがまだセクシーだ。エキゾチックな顔立ちが今回の役にはピッタリだし、非情な男と見せかけて実はやさしいという、むずかしい役所をこなしている。