またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

人生の秋を愉しもう!『ここに幸あり』

Jardins en Automne/2206/フランス=イタリア=ロシア/
ゆるい映画だ。流れてゆく時間が独特のテンポで、イオセアーニ作品の際立った個性である。観客はこの流れに身をまかせていけば、ワインを飲んだ時のようにほろよい気分になれる。
私がオタール・イオセアーニ監督の映画と出会ってから2年くらい経つだろうか。彼は旧ソ連邦のグルジア出身である。映画祭でグルジア時代の作品も観たが、無声映画あり、歴史絵巻ありと多彩で、グルジアでは男性コーラスが盛んだと初めて知った。(ブルガリアでは女性コーラス)監督は音楽が好きらしく、登場人物によく楽器を弾かせたり、歌わせたりする。絵もうまくて、上の写真の壁の落書きはイオセアーニ自身が描いている。緻密な絵コンテを必ず描いて撮影するらしい。とてもそうは思えない。動物もよく登場する。『素敵な歌と舟はゆく』では大きなコウノトリに驚いたが、今回はチーター、サイチョウ、象他たくさん出てくる。お酒もよく飲む。『ここに幸あり』では最初から最後まで、ずうっと飲みっぱなしだ。
映画を観ていると、イオセアーニは人生を楽しむ達人だと分かる。大臣なんか首になったて、家を追い出されたって、町には仲間がいて、一緒に歌いながら酒を飲めば愉しい。なじみの女たちも優しいし、新しい恋もしよう。最後橋の下で寝るはめになった時、そこには部屋を追い出したはずの移民たちがすでにいて、元大臣と家無し移民が仲良く野宿とあいなった。
冒頭に出てくる棺桶を競って買おうとする男達のシーンが変だ。きっとこの後で何か絡んでくるのだろうと思っていたが、最後まで触れられることはなかった。死んでもいないのに死んだ後の心配をすることを皮肉っているのだろうが、なんかおかしい。
映画に出てくる俳優たちはミッシェル・ピコリを除いてみんな素人らしい。監督のお友達が多い。そのピコリだって、主人公の母親役?を見事に演じている。バレバレだけれど、笑ってしまう。
最後に、イオセリアーニ語録を少し。
「映画監督になってなかったら、盗賊になっていた。映画作家か盗賊、そのふたつしかない。理由は働くのが嫌いだから。」
「僕の映画は字幕を読んではいけない。映画は映像と音から成り立っている。もし字幕を読んでいたとしたら、その間映像を見ていないことになる。それはとても残念なことだ。
字幕を読まないと映画が分からないと思ったら、それは良くない映画だから映画館を途中で出たほうがいいと思う。それともうひとつ、カットバックが出て来たら、その瞬間に映画館を出ていいです。」