またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

悪夢より恐い現実って?―『パンズ☆ラビリンス』

El Laberinto del Fauno/Pan's Labirinth/2006/スペイン・メキシコ

パンズ・ラビリンス』につながる世界

去年のギリアム版不思議の国のアリス『ローズ・イン・タイドランド』につづき、またもや少女のダーク・ファンタジー映画の傑作が誕生した。私の今年のベスト・ワンかもしれない。美しくて残酷なこの映画パンズ・ラビリンスは、メキシコ人のギレルモ・デル・トロ監督が作ってはいるが、舞台はフランコ政権下のスペインである。
少女とスペイン内戦で思い浮かべるのは、ヴィクトル・エリセ監督のミツバチのささやきだ。永遠の少女アナ・トレントは移動映画で観たフランケンシュタインと、偶然出会った逃亡ゲリラの負傷兵が二重写しとなり、夢とうつつの世界をさまよう。林檎を負傷兵に差し出すアナちゃんの無垢な瞳は、今も目に焼き付いている。
もうひとつ、蝶の舌という作品もあったけ。こちらは少年の揺れる心を描いた秀作だ。スペイン内戦時代、慕っていた先生が反体制側で検挙されてしまう。心ならずも、大好きだった先生に石を投げてしまうラストシーンが忘れられない。
もちろん不思議の国のアリスとの共通点も多い。白うさぎの後を追いかけ、ウサギの穴に落っこちて、地下の世界を冒険するアリス。ナナフシ姿の妖精に誘われて、地下の迷宮に入り込むオフェリア。遭遇する怪物はアリスの方が抜けているけれど。母親から贈られたドレスがアリス風のエプロン付きなのは狙い?
竜巻きに巻き込まれて別世界に飛ばされたオズの魔法使いのドロシーも同様だ。空と地下の違いはあるが。
監督も大好きだと言う宮崎駿監督の千と千尋の神隠しも、少女が迷宮に迷い込み試練を乗り越えるお話である。
この作品に詰め込まれた豊穣なイメージは膨らみ、思いは色々な作品に飛び火していく。
ミツバチのささやき [DVD] 蝶の舌 [DVD] 千と千尋の神隠し (通常版) [DVD] ローズ・イン・タイドランド [DVD]

ファンタジーVS現実

冒頭、スペインの山道を軍のジープが連なって行く。その中にオフェリアと身重の母カルメンがいる。ふたりにとって、過酷な現実が待ち構えているとは知らずに。
お伽話の本を持ち歩くオフェリアは、ここで迷宮ラビリンスへの案内役ナナフシに遭遇する。山奥の軍の駐屯地には、新しい父親ビダル大尉が待っていた。お腹の子を男の子と決めている大尉は、オフェリアには何の興味もないのは明らかだ。この後、ふたりはこの男の子をめぐって闘うことになるのだが。
この駐屯地の裏手には、廃墟となった怪しい建造物があり、オフェリアはナナフシの妖精に導かれて螺旋階段を降りていく。地下のラビリンスの入口には、奇怪な姿をした牧神パン(ファウヌス)がいて、オフェリアを地下の王国のプリンセスだと告げる。しかし王国にもどるには、3つの試練をクリアしなければいけないと。この試練が12才の女の子には過酷過ぎるが、オフェリアは果敢に挑んでいく。古い大木に住む巨大カエルのお腹の中から黄金の鍵を奪い、子供を獲って喰う蒼白い怪物ペイルマン(手のひらに目玉がある)から命からがら短剣を持ち帰る。最後の試練でオフェリアは究極的な選択を迫られる。
一方、駐屯地では大変なことが進行していた。山奥に潜む共和国側のゲリラ達が、駐屯地襲撃を計画していた。フェレイロ医師と、オフェリアを気づかう召使いメルセデスはゲリラ側と通じていた。駐屯地のボスであるビダル大佐は、パンも尻尾を巻くような残認なサディストだった。生け捕ったゲリラの拷問は血も凍るようで、メルセデスが犠牲になりそうになった時には心臓がバクバクした。やがてその刃は、オフェリアにも及び、・・。

この作品は、オフェリアが迷い込むファンタジーの世界と、フランコ政権下のスペイン内戦の現実の世界がふたつ同時進行で語られる。
多くのお伽話がそうであるように、オフェリアのラビリンスも奇怪で過酷な世界だ。しかしオフェリアが躊躇せず飛び込んでいくのは、プリンセスになりたいばかりではなく、別世界の輝かしい魔力に惹かれていったからだろう。
他方、魔王ビダル大佐が牛耳る現実の世界は、情け容赦なく残酷だ。頼みのママは難産で男の子を残し死んでしまう。拷問されたゲリラの残党を安楽死させた医師は殺され、オフェリアを守ってくれていたメルセデスにも危機が迫っていた。最期、パンに弟をさらってくるよう命じられたオフェリアにも、命を懸けた闘いが待っていた。
ふたつの世界はあざなえる縄のごとく絡み合い、相乗効果で面白さも倍増する。意外だったのは、オフェリアに降り掛かる現実の方が、ずっと残酷で恐い世界だったことだ。ある意味で、少女はファンタジーの世界に救われる。恐かった現実から地下の天国(?)にたどりつく。きれいなドレスに赤い靴。美しいママも、オフェリアを何年も待っていた父王もいる。まさに夢のようなファンタジーの国だ。

神は細部に宿り給う―優秀なスタッフ

この作品は世界各地の映画祭で歓迎され、アカデミー賞でも美術、メーキャップ、撮影で見事受賞している。本当に妖しくて美しい作品である。小道具、セット、衣装どれをとっても、とても凝っている。溜め息が出る程素晴らしい。パンやペイルマンの造形も魅力的で、ホラー映画には詳しくないが、ダビド・マルティが手掛けた作品だったら観に行こうと思う。その世界をカメラに収めたギレルモ・ナバロは、現実を寒々しく、ファンタジーをより暖かみのある感じに撮り分けたそうだ。音楽もトレイラーのバックに流れる子守唄を始め、物語を盛り上げている。
俳優も忘れてはいけない。何と言っても、主役のオフェリア役のイバナ・バケロだ。観客はこの可憐な少女に感情移入して、大佐、否、過酷で理不尽な汚れた世の中と闘っていくのだ。
敵役の大佐を演じるセルジ・ロペスも堂々たる悪役を演じ、少しの同情の余地もない。いやだけど、拍手を贈る。
オフェリアを守るメルセデスを演じるマルベル・ベルドォは、アルフォンソ・キュアロン(この映画のプロデューサー)の監督作『天国の口、終わりの楽園、』に出ていたあの色っぽい女優さんである。今回は体制側に潜伏してゲリラを助ける強くて優しい女を演じている。特に美人ではないが、存在感のある人である。
牧神パンとペイルマン役は同一人物で、ダグ・ジョーンズという役者さん。最近TVで素顔を見たが、キャスト及びスタッフのなかで唯一スペイン後が話せなかったそうだ。