またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

痛いけれど、おかしな『イカとクジラ』

The SQUID and the WHALE(2005/米)
ポスターを見て、絶対に観に行こうと決めていた作品。家族と思しき4人がソファに向かい合って話してる様子なのだが、ローラ・リニーの足もとに灰色の猫が!それに「イカとクジラ」というタイトルが意味不明でね。

ブルックリン育ちのノア・バームバック監督が、自身の両親の離婚体験をもとに書いたストーリーだそうだ。バームバック監督は、今回プロデュースのウェス・アンダーソン作品『ライフ・アクアティック』の共同脚本を手がけている。『ライフ〜』はあまりにインチキな海洋学者の話で、ついていけない観客もいたようだが、私はすごく気に入っている。今回は突拍子もない嘘話はないが、そこかしこに面白いセリフとユーモラスな場面が散らばっている。
インテリの両親を持つ、16才のウォルト(ジェス・アイゼンバーグ)と12才のフランク(オーウェン・クライン)の兄弟は、突然両親から離婚する事になったと告げられる。ややこしい事に、火曜、水曜と隔週木曜はパパの家で、残りはいままで通りママの家でと、猫を連れて行ったり来たりするはめに。不安定な生活に揺れる思春期の兄弟は、奇行が目立ちはじめる。
母の不倫を知ったウォルトは父側につくが、密かに恋心を寄せていたセクシーな女子大生にいちゃつく父親を見てしまう。父親の「女に縛られるな」という助言で、冷たくしてしまったガールフレンドの事が急に惜しくなる。両親に気に入られたくて、学園祭でピンク・フロイドの曲をパクってしまう。セラピストにいままでで楽しかった事は?と聞かれて、自然史博物館のイカとクジラの闘いのジオラマを母と見た思い出だと気付く。
鼻の穴にナッツを入れて母に怒られるまだ子供のフランクは、母にピクルー(いたずらっ子)と呼ばれ可愛がられている。しかし、ビールをがぶ飲みし、ザーメンを図書館の棚や好きな子のロッカーに塗りたくって、学校から両親が呼び出される。兄弟ふたりとも、壊れかけている。

そもそも、両親がおかしい。別れる前から不倫をしていた母のジョーン(ローラ・リニー)の相手は、隣人、ウォルトの友達の父親、果てはフランクのテニスコーチと手当たり次第。
小説家の父バーナード(ジェフ・ダニエルズ)は、最近出版の機会も無く、大学の創作コースで教えている。急に妻が流行作家になったのも気にくわない。自分のクラスの女子に部屋を貸し、手を出したものの、しつこくして嫌われる。息子のガールフレンドと一緒の映画に『ブルーベルベット』を選ぶ(大写しになるローラ・ダーンが叫ぶシーンに大笑い)。逃げる猫を追いかけ、路上で発作を起して救急車で運ばれる場面で、妻に何かささやく。『勝手にしやがれ』の最後に、ベルモンドがセバーグにいうセリフだが、妻は気付かず失笑。妻に未練のあるバーナードは、もっと料理とかすれば戻ってくるのかときくが、妻は料理なんかしたことないじゃない、と素っ気ない。
一家の移動に付合わされる猫もいい迷惑だ。逃げだしたのも無理はない。

この映画のセリフには、やたらに小説や映画、テニスプレーヤーの名前が引用される。「『ニ都物語』はディケンズ作品としては二流だ」という具合に。父バーナードがよく使うことばにPhilistine(俗物)がある。フランクに"What's a philistine?"と聞かれて、本や映画とかに興味のない奴と答えている。母の弟や、テニスコーチのアイヴァンなんかがそうだという。それでは自分もphilistenだというフランク。父が芸術家と呼ぶ、ボルグやマッケンローではなく、アイヴァン程度のテニスプレーヤーになりたいと。

家族それぞれの、ずれ具合と不協和音がおかしいのだが、インテリを気取っている父バーナードのオバカが光っている。ジェフ・ダニエルズが最高におかしい。息子達の難かしいのに自然な演技が、この映画に説得力をもたらしている。

最後に、猫の扱いに一言いいたい。猫はthe cat と呼ばれるだけで、名前らしきものは聞き取れなかった。『ティファニーで朝食を』の虎猫はcatと呼ばれていたけれど、名前を呼ばないのは不自然だ。