またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

光と時の映像詩に酔う―『百年恋歌』

(最好的時光/侯孝賢監督/2005/台湾)

観終って、久しぶりの幸福感に浸っている。20年近く前、『童年往事』候孝賢(ホウ・シャオシェンを発見?した時の興奮を思い出した。その頃は、中国大陸の方ではチェン・カイコーチャン・イーモウ等の第五世代と呼ばれる監督達が次々と傑作を発表し、台湾でもエドワード・ヤン監督と共に候孝賢監督が日本に紹介され、香港だけではない中国映画に注目が集まった時代だった。

3話からなるラブストーリーを、同じ俳優同士が、三つの異なった時代と場所の設定で展開していく。気品漂うスー・チーと精悍なチャン・チェンのふたりの魅力もこの作品に華をそえている。
それにしても、『クーリンチェ少年殺人事件』で、屈折した少年を見事に演じ、その頃はまだ丸顔だったチャン・チェンが、こんなに大きく立派な青年に成長したなんて..。ウォン・カーウァイの映画に少し顔を出しては、さわやかな印象を残してはいたが。

1966年―恋の夢

3作品の中で、最もシンプルで夢心地に誘ってくれる恋。
徴兵が間近にせまった青年は、密かに思いを寄せていたビリヤード場で働く春子に手紙を渡す為に自転車を走らせる。しかし次に青年が訪れた時には、代わりにシウメイが働いている。春子が居なくなった事に落胆するも、すぐに気を取り直し、声をかける「何て言うの?君の名前」。ここで観客はふたりの恋が始まったことに気付く。夜遅くまで楽しそうにゲームをするふたり。別れの時が来て、いったん店を出た青年が走って戻ってくる。「手紙書くよ、ここ宛に」と言う青年に、笑って応えるシウメイ。恋愛映画の定番パターンだ。
つかの間の休暇で戻って来た青年は、居なくなったシウメイを追ってバスで台湾南部を北上する。やっと捜し当てたビリヤード場で再会したふたりは、うれしさに見つめ合って微笑むだけ。シウメイを演じるスー・チーの嬉しくてたまらないといった笑顔がすべて物語っている。
60年代の風物と衣装に注目。ビリヤードはこの時代の若者の定番の遊びだったのだろう。監督の他の作品にも登場する。チャン・チェンの服はダサイが、スー・チーや春子のファッションと髪型が素敵だ。特に色の組み合せ。
ビリヤード場内からの撮影が多いのだが、向こう側の屋外から入ってくる光と、薄暗い屋内の様子がいい具合に写っている。朝、シウメイが重い引き戸を開けると入ってくる光。ポストに届いた青年からの手紙を朝の光で読む。
何回か挿入される、水の上を疾走していく水上バスのシーンもいい。候孝賢というと電車を思い浮かべるが、移動する物体の撮影には惚れ惚れしてしまう。

1911年―自由の夢

遊郭を舞台にした、芸妓と客の革命文士の結ばれない恋。
夕刻、使用人がランプの灯を点す様子から始まる。以降たびたびこのシーン
が出てくるが、繰り返しは映画にリズムを与え、心地よさを演出する。終始カメラは建物から外に出る事は無く、遊郭内の薄暗い照明は、谷崎の『陰影礼賛』の文章を思い起こさせる。
びっくりしたのは、無声映画だということ。これもリアリティを薄くして、遠い夢のような時代だという効果を出している。
部屋のインテリアや調度品、スー・チーのチャイナドレス姿が美しい。そしてチャン・チェンは、私が知る限り一番辮髪が似合う俳優である。
スー・チーは芸妓として琵琶の弾き語りをするのだが、哀切のこもった語りに自由になれない身を嘆いているかのように聞こえる。

2005年―青春の夢

現代の若者の荒んだ青春の恋を痛ましく描いている。
バイクに跨がって台北の街を疾走する恋人達。何故かバックシートで泣き出す彼女。女はシンガー、男はカメラマンのようである。だんだん分かってくるが、二人ともそれぞれ恋人がいる。それでも、また逢わずにいられないし、古い絆も断ち切れない。
夜のシーンが多く、ネオンやクラブ内のライト等で浮かび上がる映像が、人工的で心を落着かなくさせている。二人の抱えている痛みにシンクロしている。


光を操り、時を止める。この『百年恋歌(最好的時光)』は、まさに映画そのものといった作品に仕上がっている。最近の映画に飽き飽きしている人に是非お勧めしたい。