またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

そして、男は十字路で途方に暮れる。 『ブロークン・フラワーズ』


ジム・ジャームシュが、新作『ブロークン・フラワーズ』でピンクの花束を片手に戻ってきました。
ヴィム・ヴェンダースの『アメリカ・家族のいる風景』と同じような話だと思って観に行ったのですが、違ってました。(両方ジェシカ・ラングが元恋人役で出てますが..。)これって、『舞踏会の手帖』のおじさんヴァージョンじゃないですか?(黒皮の手帳ではありません。フランス映画の名作です。)
中年のおじさんが、20年前の恋人達を訪ね歩くロードムービーです。昔の恋人が今どうしてるか?なんて誰しも考えますが、実際訪ねられて来たら困っちゃうなあ。
ブロークン・フラワーズ(Broken Flowers/2005/米)








ジム・ジャームシュが『ストレンジャー・ザン・パラダイス』でみんなの度肝を抜いてから早、20年。彼は相変わらず、いい意味で軽い作品を作り続けています。
当時『ストレンジャー〜』では、怪人スクリーミン・J・ホーキンスの“I Put Spell on You”を繰り返し流し続け、呪文にかかった多くの観客がレコード屋に走りました。(私もそのひとりです。)
今回も、何故か演歌としか思えないエチオピアの音楽が鳴りまくっています。ジム・ジャームシュの映画は、音楽も映像と同様に重要なファクターです。

ストーリーは、かつては(今は落ち目の)ドン・ファンだったドン・ジョンストン(「スタスキー&ハッチ」のドン・ジョンソンと一字違い。もちろんファースト・ネームはドン・ファンからいただいた。名前ネタで笑わせている。)にある日、ピンク色の手紙が届きます。ピンク色の便箋に赤いインクで、「あなたと別れて20年が経ちました。息子は19歳になります。あなたの子です。」と。果たして、差し出し人はどの恋人で、息子はどんな子に育っているのでしょうか?

タイトル・バックで、ピンクの手紙が投函、集配、運搬され、家に届くまでの映像が流れます。映画ならではの表現と、このテンポの良さにグッときますね。ここで場所は郊外の住宅地で、隣家は子だくさんのにぎやかな家庭で、一方主人公の家は静まりかえった寂しい家だということが分かります。

コンピューターで一儲けしたドン(ビル・マーレイ)は独身で怠惰な生活を送っています。(今はコンピューターが一台もないというのが可笑しい。)一緒に住んでいた若い恋人(ジュリー・デルピー)も、愛想を尽かして出て行ってしまいます。(この時居間で彼が見ているのが、古いドン・ファンの映画。)
彼女と入れ違いにピンクの手紙が届きます。早速、燐家のウィンストン(ジェフリー・ライト)が嗅ぎ付け、息子を生んだ元恋人を捜しに行けと焚き付けます。
この二人いろんな点で対照的。ウィンストンは、健康的で美しい妻と4人の子供に囲まれ、仕事を掛持ちの忙しい身。ドンは悠々自適の寂しい生活。玩具が溢れた雑然とした暖かい家と、何にもない殺風景な寒々しい家。ひとりになったドンが聴く曲は、フォーレのレクイエム。ウィンストンはそんな彼に、自分が焼いたエチオピア音楽のCDをむりやり押し付けます。

ドンに20年前に付合っていた女性をピックアップさせ、ウィストンは私立探偵さながら彼女達の住所を調べ挙げます。ドンは長女リタに聞きます。「お父さんは、サム・スペードかい?ホームズ?ドールマイトだろう。」
全然乗り気でないドンを説き伏せて、ウィンストンは旅のコーディネーターよろしく入念なスケジュールを立てます。コンサバスーツにピンクの花束を持って恋人達を訪問し、その際、ピンク色の物がないか注意しろとアドバイスします。

また、ウィンストンの指示通りに旅だってしまうドンがおかしい。移動のレンタカーの中では、律儀に例のエチオピアのCDをかけます。ウィンストンに電話をかけ、「トーラスだとまるでストーカーだ。せめてベンツにしてくれ。」

ドンの昔のガールフレンド達もゴージャスです。あけっぴろげなローラ(シャロン・ストーン)の娘、ロリータ(!)は、すっぽんぽんでご登場。
ドーラ(フランシス・コンロイ)の旦那は、嫌みなのか、昔ドンが撮ったドーラの写真を持ってきます。一方、ドーラは終始顔が引きつっています。
“アニマル・コミュニケーター”のカルメンジェシカ・ラング)はドンと別れた後、ウィンストン!という犬と暮らしていたと語ります。そこに猫がやってきて、見事な演技をみせます。(TVのCMでかわいい姿が見られます。)ドンが何か言いたい事を隠している、と見破るのです。博士のアシスタント役のクロエ・セヴィニーも何故かドンに冷たい視線を送ります。
最高に可笑しかったのは、バイク野郎達と暮らしている、ペニー(ティルダ・スタントン)です。「子供はいる?」と聞いた途端にブチ切れ。ドンは男達に殴られ、暗転。庭に投げ捨てられていた、ピンクのタイプライターはやっぱり?
交通事故で亡くなってしまったミシェル・ペペの墓参りも忘れません。何も言わない分、楽ですね。
途中立寄った花屋の女の子には、傷の手当をしてもらい、空港では、クロスワードに興じるスチュワーデスの足にみとれたりと、美しい女性がたくさん元ドン・ファンの周りに現れます。

家に戻って来たドンは、旅をしている青年(マーク・ウェーバー、注目株!)に声をかけ、サンドウィッチをおごります。「旅する若者に何か哲学的な助言は?」と聞かれて、「過去は通り過ぎ、未来はまだ来ない。すべては現在にある。」と答えます。過去を旅して来た彼の言葉です。
最後、息子かもしれない青年を追いかけるドン。そこへ道路の向こうから一台の車がやってきます。身を乗り出し、ドンを凝視するもうひとりの青年。ドンは途方に暮れて、十字路に立ち尽くします。
映画「ブロークン・フラワーズ」オリジナル・サウンドトラック