またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

胸に沁み入る蒼い空 『ブロークバック・マウンテン』


The truth is...sometime Imiss you so much I can hardly stand it.
(実はさ..時々すごくおまえが恋しくて我慢できないんだ。)
オリジナル・サウンドトラック~ブロークバック・マウンテン
音楽もいいです。
(Brokeback Mountain/2005/米)

アメリカのアカデミー会員が作品賞を贈るのをためらった、といわれている『ブロークバック・マウンテン』はカウボーイのゲイ映画という事で話題になりました。保守的なアカデミー賞が選ばなくても、ベルリン映画祭の金熊賞を初めとして、ゴールデングローブ賞も獲得したのですから作品の良さは折り紙付きといえます。

この映画は見ている時よりも、見終わって段々と哀しみがじわじわと効いてくるという感じでした。
実は思い返す度、いまでも胸が痛いのです。
実を結ぶ事のない、許されない愛の物語に弱いのです。(テーマは同性愛、不倫、近親相姦、社会の因習、病気、戦争などいろいろですが。)
若いふたりの愛を育んだ、ワイオミング州ブロークバック・マウンテンと呼ばれる山々の深い緑と紺碧の空。その圧倒的な美しさを背景に、過酷な羊番の仕事の辛さを分かち合う者同志が、いつしか離れがたい程ひかれ合っていきます。

原作は『シッピング・ニュース』を書いたアニー・プルーで、彼女は物語となる土地からストーリー
を紡ぎ出すのが本当にうまく、ニューファウンドランド島の美しく厳しい自然と神話的な物語が見事な融合をみせていました。『ブロークバック・マウンテン』の方は、ニューヨーカーに掲載された短編を映画化したそうです。監督のアン・リーも風景描写の名手です。これはDVDではなくぜひ映画館で、雄大な山並(実はカナダ)や数えきれない程たくさんの羊を見て欲しいですね。(CGで数を増やしたそうな)

ネタバレあり。

ヘテロセクシャルの私にとって、ホモセクシャルの心理や行動など共感できるはずもなく、とは言っても、人の愛情そのものに違いはない思っているのですが ..。私が今迄見て来たホモを扱った映画(一般映画です)の中にはセクシャルな面で理解不可能な作品が少なからずあり、当惑したり勉強になったりしました。(笑)

この映画はそんな中でも特別に観客を選ぶような内容ではなく、(偏見がある人は除いて)胸に秘めなければいけない辛さがひしひしと伝わって来ます。やはり切なかった作品を挙げると、イギリスの封建的な社会を背景にした『モーリス』。レズビアンの娼婦を愛してしまった『モナリザ』。その逆パターンの『クライングゲーム』。呆気に取られてしまったのは『プリック・アップ』。『ベント』はナチスによるゲイの迫害を描いていて震える程素晴らしい作品です。その他にも今思い付かない名作がたくさんあるはずです。

カウボーイのふたりイニス(ヒース・レジャー)とジャック(ジェイク・ギレンホール)は、夏でも雹が降るようなブロークバック・マウンテンで過酷な羊番をしながら、動物達以外は邪魔する者もいない中で慰め合うかの様に体を求め合い絆を深めていきます。
そんな中、ふたりの関係に気付いた牧場主(ランディ・クエイド、渋い!)によってふたりの蜜月は終わりを告げます。

下界に降りて来たふたりは、それぞれ普通の結婚をし家族を持ちます。4年後イニスにジャックからブロークバック・マウンテンの絵葉書が届きます。それから長年に渡って、年に数回ふたりは逢瀬を重ねていきます。ふたりで牧場を持ちたいと言うジャックに、幼い頃のトラウマを持つイニスは首を縦に振りません。
 Jack:Tell you what,we coulda had a good real life together! Had us a place of our own.
But you didn't want it,Ennis! So what we got now is Broakeback Mountan! Everything's built on that!Tha's all we got,boy,fuckin'all.
(ジャック:なあ、俺達実際に一緒に楽しく暮す事も出来たんだ。自分達の土地で。でもイニス、おまえは嫌がった。今俺達にあるのはブロークバック・マウンテンだけじゃないか! あそこの思い出
がすべてで他には何にも無いじゃないか!)

しかしイニスの妻アルマ(ミシェル・ウィリアムズ)は、ふたりの関係に気付き苦悩します。結婚式の日の初々しい幸せそうな様子は、生活の疲れと自分のもとには無い夫の心で一変します。イニスの仮の結婚生活は破たんしてしまいます。
一人暮らしのイニスの質素な生活が哀れを誘います。そんな彼にも逢いに来てくれる娘がいて、イニスにとって形だけの結婚であっても子供という宝を得たのは幸せだったでしょう。

ふたりが出会って20年、ジャックが事故で亡くなります。(実は殺されたことを映画では暗示しています。)ジャックがブロークバック・マウンテンに遺灰を撒いて欲しいと言っていたと知らされたイニスは、彼の生家を訪ねます。
年を取った両親の家が余りにもみすぼらしくて、胸を突かれます。息子を失った悲しみを分かち合うかのように、母親がイニスを迎え入れます。父親は親友とこの牧場を立直すとジャックがいつも言っていたと告げます。母親に促されて2階のジャックの部屋に行ったイニスは、クローゼットの中にふたりの愛の形見を見付けます。この映画で一番の哀切なシーンです。ジャックのいじらしさに涙が溢れます。

イニスは自分のキャンピング・カーのクローゼットに愛の証のシャツとブロ-クバック・マウンテンの絵葉書を飾ります。そして、やさしく囁きます。
"Jack,I swear..."
イニスがジャックに何を誓ったのかは、この言葉だけでははっきりしません。たぶん永遠の愛だと思いますが、字幕を訳された松浦美奈さんは、「ずっと一緒だよ」と訳しています。

最後に私の好きなシーンです。ふたりが結局最後の別れとなってしまう場面で、ジャックは去っていくイニスの車を見送りながらあの夏の日に思いを馳せます。立ったまま眠っているジャックの肩に背後からイニスが腕をまわして耳もとで囁きます。
Ennis:You're sleeping on your feet like a horse..My mama used to sing this to me when I was little ..[humming]
(馬のように立って眠ってるね。小さい頃ママがよくこの歌を唄ってくれたんだ..。ハミング)