またたびCINEMA〜みたび〜

大好きな猫や映画の小ネタなんぞをとりとめもなくつづってゆきます

ダイアモンドの心を持つ女性  <ヴェラ ドレイク>より

 今日の映画は先週銀座で観た『ヴェラ・ドレイク』(2004年/英・仏・ニュージーランド)。
監督は『秘密と嘘』のマイク・リー、素晴らしい演技を見せてくれる主演女優はイメルダ・スタウントンヴェネチア映画祭で金獅子賞と主演女優賞を穫りました。

 この映画はハリウッド映画しか見ない人達には、恐ろしく地味な映画に思える事でしょう。曰く、美男美女が出てこないし、おまけにどうやらこのおばさんが主人公らしいと。
 ですが、平凡な日常の中に人間ドラマを描いていくこのような作品は、ヨーロッパでも、日本でも珍しくありません。特にイギリスではたくさんの名作が生まれています。ケン・ローチを筆頭に、スティーブン・フリアーズ、アラン・パーカーそれにマイク・リーと、社会派リアリズム(と枠にはめてしまうのはいやなんですが)の監督を輩出しています。さすがシェークスピアを生んだ国だけあると、つくづく思います。
 
 舞台はロンドンの労働者階級が住む下町。時は戦後の影をまだ引きずっている、1950年。主婦ヴェラは貧しいけれど、優しい夫と成人した娘と息子と会話のたえない明るい家庭を築いていました。裕福な家庭で家政婦として働きながら、毎日病弱な隣人を訪問しては励まし、年取った母親の面倒も見て、時には孤独な若者を夕食に招待するような、心の暖かい女性でした。人を助けるのは彼女にとって、当たり前の事であり喜びでもあったのでしょう。
 ヴェラのような人を英語では、"woman with a heart of gold"(金の心を持つ女性)と形容するらしいですが、映画の中で夫スタンは彼女の心は金どころではなく、ダイアモンドだと弟に云います。そんな妻を持てて幸せ者だ、と云う訳です。

 そんなヴェラ一家に青天の霹靂とも云える事件が突然やってきます。娘の婚約パーティに弟夫婦の妊娠が重なり幸せ一杯の家庭に、無情なノックとともに悲劇が訪れます。
これからこの映画を観るつもりの人はクリックしないでね。

 その日やってきたのは警察でした。別室に呼ばれ尋問される、ヴェラの刻々と変わっていく悲痛な表情や、恐怖の震えはリアルで、演技とは思えないほどです。
 
 実はヴェラには家族に言えない秘密があったのです。望まない妊娠をした女性のためにヤミの中絶を施していたのです。当時、堕胎は違法で重罪に科せられました。幼なじみのリリーの仲介で無償で長年“娘さん達の手助け”をしていたのです。
 
 もちろん善良そのもののヴェラが犯した犯罪に、一家は動揺し絶望します。しかし夫スタンはいち早く、妻を理解し赦します。どうしても母の事を受け入れられない息子に「ママは優しいから人を助けようとしたんだ」と諭します。やがて一家は結束しヴェラを応援するようになります。

 その年のクリスマス、保釈中のヴェラを囲んで、ぎこちなく会話も弾まない雰囲気の中、娘の婚約者レジーの一言に胸がじ〜んと来ました。「僕の人生で最高のクリスマスをありがとう、ヴェラ」
と。彼は戦争で家族を失った過去があり、ヴェラの暖かい心、ダイアモンドの心に感じ入ったのでしょう。

 ところで、これとよく似た題材のフランス映画があります。ナチ占領下のビシー政権の時代、生活のために堕胎を施していた女性の話。イザベル・ユペール主演『主婦マリーのした事』(88年/仏)。こちらも力作ですのでぜひ御覧下さい